水道技術経営情報
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リスク管理 Risk Management

 ここでは,水道関連のリスクの想定と対処について考察します。リスクマネジメントの概念について追加したので少し体系的になりましたかね。(^o^)

【参考】
2001/09/24 リスクマネジメントの概念については,「技術士制度における総合技術管理部門の技術体系」を参考に作成しました。そのほかの情報は経験をベースに作成しているので,私見に近いものもあります。


リスクマネジメントの概念

 日本では,事後対応の傾向や縦割りの弊害,発生確率の低い事象の軽視(バイアス参照),情報公開の不足,などの阻害により,リスクマネジメントが軽視される傾向が強かったとされています。

 しかし,技術屋であればだれしも知らず知らずのうちにリスクを回避するための決断を日々行っているはずです。ただ,なかなかそれを概念としてキーワードにしたりはしないように思います。「技術士制度における総合技術管理部門の技術体系」では,リスクマネジメントの各段階に名前を付けていますので,これを参考にさせてもらいましょうか。

1)リスク対応方針

 プロジェクトが際優先するリスクに適正に対応することを明確に宣言,これを周知することを「リスク対応方針」と呼びます。

2)リスク特定

 その事業が重大な影響を受ける可能性のあるリスクを列挙特定します。具体的には,事例調査や予測による脆弱性の発見がその中心作業であり,原因と被害の双方からのアプローチが可能です。

3)リスクアセスメント

  • リスク分析
     リスク分析では,危険要因(ハザード)からリスクシナリオを展開していくイベントツリー法,逆に想定被害から原因に向かってシナリオをさかのぼっていくフォールトツリー法がよく使用されます。こ
     このようにして因果関係を明らかにした後,被害規模を定量化(未経験のリスクについては定性化で代用)して対応すべきリスクの優先度を決めます。このとき,被害については最悪ケースシナリオを使用するのが一般的です。
  • リスク評価
     分析されたリスクに,リスク標準を目安として,どのように対処するのかを決める作業で,リスクマトリクスとしてまとめます。同じ程度の被害と予測されるのであれば,発生確率が低くても被害の大きいものを優先します。リスクの認知は様々なバイアス(先入観のようなもの)によって影響を受けるので,それを見越した対応が必要です。

4)リスク対策

 リスク対策には以下の4つの手法が提案されています。

  • 保有
     リスクの顕在化による損失を受容する。ごく小さいリスクや気づかないリスクへの未対応もこれに属します。Public Acceptanceレベルまで保有するリスクを低減化することが理想的です。
  • 削減
     改善によりリスクを減らします。水源対策や耐震化などがこれに相当するといえるでしょう。PAレベルまでリスクを削減することが重要です。
  • 回避
     事業そのものを中止します。拡張事業やダム建設の中止による財政リスクの削減などが相当します。
  • 移転
     保険をかけます。発生確率がごく小さく,被害の大きい災害に対応する手段です。ただ,このような事象では保険コストが非常に大きくなるケースが多いのが悩みの種。カタストロフィー・バイアスによるものと思われるのですが...

【備考】


水道におけるリスクの判定

(1)リスクの想定

 リスクの判定と,これに対応するための施設能力の設計は,コストの低減を考えて過剰仕様を削減するための要の作業です。性能が同じなら値段もそんなに変わりません。コスト縮減のためにはリスクを精査し,許容リスクを再定義したうえで,過剰仕様部分を徹底的に排除することが必要になります。

 たとえば,阪神大震災の際,建築基準は阪神大震災のときでもびくともしないような基準に,大幅に強化されました。しかし,水道施設で大きな被害を受けたのは,本庁舎と配管網であり,浄水場や配水池が機能を失うような被害はなかったと聞いております。このことは,管網の耐震性というリスクを軽減することが急務であっても,施設の耐震性の強化は優先して取り組むべきかどうか,その有効性を吟味することが必要となることを意味します。

 公共事業一般に金がかかる最大の原因は,「需要者にリスクを負わせない」という思想であるようにも思います。計画,経営の総てに,かならず安全率や余裕を見てあります。しかし,リスクとコストが引合うかどうかを判断をすべての基準とし,ある程度のリスクについては被害を許容する,といった思想も必要ではないかと思います。

 ただし,水道事業は収益事業であり原則独立採算で運営されており,高料金対策としての補助はあるものの,コストの精査はもとより重視される傾向があります。

 土木業界は規制の強化に対応する,という対応はあっても,みずからリスクアセスメントをあまり十分に行ってこなかったきらいがあると考えます。より厳しくなるコスト縮減要求のためには,今後,これに真剣にとりくまなければなりません。

 まず,リスクに関する取組みを扱ったサイトを紹介します。

【備考】

(2)リスク認知

 リスクの認知は「バイアス」と呼ばれる様々な外的な要因によって,被害との相関性をゆがめられてしまいます。バイアスには以下のような例があります。

正常性バイアス  通常状態から逸脱していないと思いこむ。
楽観主義的バイアス  通常状態から逸脱しているが,軽いと思いこむ。
カタストロフィーバイアス  きわめてまれなリスクを過大評価する。
ベテランバイアス  類似の経験があることによってリスクを対処できると思いこむ。
バージンバイアス  類似の経験がないことによってリスクを評価できなくなる。

 有害物質のリスク評価については,米国に比べ,日本ではあまり研究されてこなかったように思われます。これは,「公共機関が間違いを犯すことをゆるされない=問題ないと宣言しなければならない」,という日本的な風土のせいではないかと考えています。

 「水質衛生学 金子光美編著」を紐解きますと,米国での生活環境における様々なリスクを冷静に評価するシステムを紹介しています。たとえば,ヒトの発ガン危険性に関してはAmesによる以下のような報告があります。(Amesは,AmesTESTというもっともポピュラーな変異原性≒発ガン性の試験方法を開発した人です。)

水道水 0.001% (クロロホルム 83μg)
シリコンバレー井戸水  0.004% (トリクロロエチレン 2.8mg/L)
プール水 0.008% (クロロホルム 0.25mg)
ピーナッツバター32g 0.03% (アフラトキシン 64ng)
ダイエットコーラ354ml 0.06% (サッカリン95mg)
室内空気14h 0.6% (ホルムアルデヒド0.6mg)
ビール354ml 2.8% (エタノール18ml)
ワイン250ml 4.7% (エタノール30ml)
睡眠薬一回分 16%

※%はHERP=ヒト曝露量/ねずみでの発ガン性(TD50)で,年間の危険率です。

 「健康にいい」として巷でもてはやされるワインの変異原性リスクの方が水道水よりはるかに高いことがわかりますが,これをもって酒が危険ととらえるのは誤りですので念のため。

 同著では,「人がリスクを感じる程度はその情報量に依存し,情報が少ないほどより不安感を抱く」ことを明確に証明しており,この点において我々を含む専門家の責任も無視し得ないと思います。

 少し横道にそれますが,過去にマグロのトロに○○が出たという一部報道によりマグロの価格が暴落したことがあったそうです。そのとき,環境工学の某先生は何をしたか...安くなったトロを「食いまくった」とのこと...もともと生態ピラミッドの頂点にいる生物の○○の濃度が高いのは至極当然で,かつ常食するわけでもないのに神経質になる必要などないのですが,一般にはなかなかそれを当然として認識できない,という一例でしょう。私的には,BSE(狂牛病)だって大したリスクはないと思ってます。牛肉は高いから余り買いませんが,安売りしてくれるならいくらでも買ったげますよ。

 リスクに関する情報の提供をリスクコミュニケーション(別ページ参照)といい,リスクマネジメントの非常に重要な部分を担っています。

【備考】
 「水質衛生学 金子光美編著」 水道技術研究センターのメール回答より。

(3)保有リスクの設定

 災害の想定を受けて,当該水道事業体の羅災しうる被害を評価して水道システム全体の安定性を把握し,施設整備レベル(目標レベル)を設定することになります。リスクの保有にあたるレベルをこうして設定します。ただ,安定性の目標レベルは安定性阻害要因の生起頻度(確率)によって異なります。

 目標レベルを水道のもつべき安定性水準として絶対的な基準にすることも考えられますが,水道事業の特性が水道のおかれている地域の特性によって変わるため,全国一律の基準で当該事業体の安定性を判断するのは不適当であると考えます。たとえば,地震のほとんどない地域に過剰な耐震設備は必要ありませんし,沖縄に積雪対策は必要ないでしょう。

 もう一点,水道の安定性といったサービスへの要求水準は,その時代の需要者や社会情勢によって水準が変わりうることも軽視できません。

 よって,安定性の目標レベルは,発生しうる非常事態を想定したのち,水道システムの安定性を判定し,そのうえで短期,長期の対策を独自に設定していくことになります。つまり,極端に言えば計画担当者の技術センスに依存するわけであります。

【備考】

(4)許容リスクレベルの判断

 水道施設の運用成績は,工業計器類や日報,水質試験などにより定量的に把握されています。日々に適正に運用できるのであれば,劣化への対応をすれば十分で,更新事業を行う必要がないようにも思われます。

 しかし,現実には,目に見えない部分で施設の機能不足や劣化は発生します。施設の機能不足や機能劣化などの影響で,施設能力に不足を生ずるような事態があった場合でも,維持管理担当者の努力と負担によってフォローされるため,結果として問題化しないだけなのです。このように機能不足を生じている施設に対して運用上の工夫で対応している状態は,適正とは言い難いと考えられ,施設の機能自体は不十分であることを示すものです。つまり,施設の能力が適正かどうかを判断するためには,運用成績を検証するだけでは不十分であり,維持管理による対応負担がどの程度であるのかについても検証しなければならないことになります。

 ただ,異常期(渇水時や事故時など)では,維持管理担当者の負担による一時的な運用もやむを得ないものでしょう。このように,平常時対応と異常時対応では,施設のカバーしなければならないレベルにも微妙な違いがあるものと考えられます。これらの関係を図化すると以下のようになります。

 よって,機能が適正かどうかを判断するためには,以下の手順に基づいた検討を行うことになります。

1)平常時条件と異常時条件を設定する。
2)双方の条件下で,維持管理担当者にアンケートなどの手段によって,対応負担度を確認する。事故情報(対応しきれなかった場合)についても併せて収集する。
3)上図に基づき,機能が適正となるような負荷範囲を検討する。



目次

リスクマネジメントの概念
総合技術監理部門の教科書より整理。

水道におけるリスクの判定
リスクの想定と許容レベルの設定など。

備考・出典

 私の独自見解です。ご意見ください

更新履歴

  • 120807 新様式で作成 
  • 111028 リスク分担表・PFIの取組み(東京都水道局)、リンク先変更。


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